端午の節句

 僕がまだ20代の若かりし頃、会津出身の祖母から、「鹿児島と山口の女は、間違っても嫁にするな」と言われていた。そして憧れの東京に出て就職したら、職場の先輩から「千葉の女はやることが派手なので俺たちの給料では持たないので嫁にするな」と言われた。その後、千葉へ旅行した際、とある街道筋の大きな料亭の入り口に立つポールに大きな鯉のぼりが数匹泳ぎ、その下に「〇〇家初節句祝い」と書かれたのぼり旗が風になびいていた。その光景を見て先輩の言ったのは本当だと実感した。そんな訳で僕は止む無く東京の女を嫁にした。勿論、初節句祝いは身内だけでささやかにやりました。鯉のぼりは断ってその分お金で頂いた、
 今朝は、AM10過ぎに電話で目が覚めた。夜中に1度起きたが、12時間以上寝ていた。それにしても今日は端午の節句に相応しい好天である。風が少し爽やかすぎるが、初夏の日差しが早苗の並ぶ田に眩しく降り注いでいます。なお、庭には菖蒲がないのでよもぎ葉を酒に浸して節句を祝うつもりだ。ちまきは作り方が分からない。

菖蒲が無いのでヨモギとミントを入れた。なんか、ピンとこなかったがミントの香りはした。

ヨモギは熱湯をかけないとエキスが出てこないのでヨモギ茶にして飲んだ。香り出しにミントも入れた。若返りの薬だと思って飲めば飲めますよ。良薬に美味しいはない。

青い影~プロコルハルム

 イギリスのロック・バンド、プロコル・ハルムが1967年に発表したデビュー曲。現在でも多くのアーティストによってカヴァーされ続けている名曲です。イギリス生まれのゲイリー・ブッカーは作詞家キース・リードと意気投合し彼の作った詞に曲をつける方法で「プロコル・ハルム」を結成しヴォーカルとピアノを担当しました。(「Wikipedia」より引用)


 凝ったイントロですね。なんで、バッハの「G線上のアリア」なの?と不思議に思ったのだが、なんでも、ゲイリー・ブッカーはそれをモチーフにして作ったらしい。また、歌詞が全然、意味不明です。(動画に流れている和訳は全くあてになりません)イギリスの人達は幼い頃から、ギリシャ神話やカンタベリー物語を散々聞かされているので言葉の持つイメージやニュアンスを理解できるが、我々には全くチンプンカンプン。でも、この曲は有名なんです。何しろジョンレノンが「今の音楽業界で、この曲以外は聴く価値がない」と言わしめたのだ。
 また、「大阪で生まれた女」にそっくり?だという人もいます。言われてみれば、そんな気もします。ついでだから、その曲も長くなるけど流しましょう。

この曲を最後まで聴くのは、相当な忍耐が必要だ。

三島CC

 久しぶりに三島CCでプレーした。最近では昨年の秋に1回だけプレーしただけで、どんなコースだったかすっかり忘れ、まるで、初めて来たコースのようだった。
 今日のお相手は勤務先が東京の方で、毎年、5月の連休、8月の盆休み、正月休みに実家の伊豆長岡へ戻って来た際、定例的にお相手する。他の二人は三島在住の方で初対面だった。皆、私より一回り以上、若かった。でも、終始、和やかに、和気藹々とプレーして、楽しかった。
 それにしても暑かった。生ビールを中と小ジョッキーで2杯も飲んだ。支配人の話ではここは冬でも暖かく、地形の関係で季節風は殆ど吹かないという。しかも、クラブハウスのお風呂は天然温泉である。どちらかというと冬場のゴルフに向いている。今度は正月休みかな?
 肝心のゴルフは、期待していた内容にはほど遠く、なんで、こうなるの?という感じで、前半のインが51、後半のアウトが48でかろうじて100を切ったが、復活はまだまだですね。それでも、ドライバーだけは調子が良かった。常時230Yの表示まで届き、フェアウェーをキープしていた。その代わりアイアンがアプローチを含めて全然駄目だった。シャンク、チョロ、引っかけなど、ヘボ丸出しだった。今日も悔し涙です。
 拙亭へ戻ったのは。スタートがAM10時で遅かったのと、道路が混んでいたため、PM6時を過ぎていた。しかし、まだ明るかったので裏庭で素振りとアプローチの練習を暗くなるまでみっちりやった。少し疲れたので、明日に予定していた田植えは4日に延期する。尤も、棚田には今日、やっと水が入り代掻きをやったばかり。しかも3日は雨の予報である。慌てることはない。明日は完全休養日だ。


”ゴルフは楽しい。でも、それによって、僕が如何に脆くて弱い存在であるかを思い知らされる”
そんな僕の心の叫びを聴いてください!
♬ Sting and Stevie Wonder – “Fragile” ♬

※「Fragile」フラジャイルの歌詞
If blood will flow when flesh and steel are one
Drying in the colour of the evening sun
Tomorrow’s rain will wash the stains away
But something in our minds will always stay
Perhaps this final act was meant
To clinch a lifetime’s argument
That nothing comes from violence and nothing ever could
For all those born beneath an angry star
Lest we forget how fragile we are

僕の体に鋼鉄の刃が刺さって
流れた血が夕日色になって乾いていく時
明日もし雨が降れば その血は洗い流されるだろう
でも僕の心を奪った何かは 洗い流されはしないんだ。
ひょっとしたら、最後の手段っていうのは
暴力は何の解決にもならなくて
支配される運命の人々には何もなす術がないという
その主張をねじ伏せてしまうものだったのかもしれない。
それは、人というものがこんなにもろい存在だと、
僕らに思い知らせようとしているんだ。

On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are

いつまでも雨は降り続けるだろう
それはまるで、星が涙を流しているように見える
いつまでも雨は教え続けるだろう
僕らがどれほど壊れやすい存在かを

On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are
How fragile we are how fragile we are

いつまでも雨は降り続けるだろう
それはまるで、星が涙を流しているように見える
いつまでも雨は教え続けるだろう
僕らがどれほど壊れやすい存在かを

シバの女王

 芝の女王「アニカ・ソレンタム」ではありません。旧約聖書に登場するシバ国(今のイエメンの辺り)の女王です。イスラエル国の王、ソロモンと親しかったらしい。先ずはこの曲をお聴き下さい。


1959年制作のアメリカ映画「ソロモンとシバの女王」ではソロモンをユル・ブリンナー、シバの女王をジーナ・ロロブリジーダが演じた。なお、この時、ユル・ブリンナーはふさふさの黒髪だったが、その3年前(1956年)の映画「王様と私」では坊主頭だった。でも、その映画でアカデミー賞主演男優賞を受賞し、評判が良かったことから、暫くして、頭をすべて剃り落とし、坊主頭をトレードマークとした。彼は1985年に65歳で亡くなったが、彼の精悍な顔つきと声が魅力的だった。私も彼にあこがれ中学、高校時代は坊主だった。

右側がソロモン王、左側がシャム王(タイ国の王)