琵琶湖周航の歌

 私は、この三高寮歌が好きだ。特に加藤登紀子が歌うと何となく郷愁を擽られます。

※ 画像は琵琶湖に浮かぶ竹生島

 この曲は1917年(大正6年)6月28日、三高(現在の京都大学)ボート部の部員による恒例の琵琶湖周航の途中、部員の小口太郎による詞を「ひつじぐさ」(作曲:吉田千秋)のメロディーに乗せて初めて歌われた。その後この歌は、三高の寮歌・学生歌として伝えられた。(ウィキメディアより抜粋)

1 われは湖(うみ)の子 さすらいの
  旅にしあれば しみじみと
  昇る狭霧(さぎり)や さざなみの
  志賀の都よ いざさらば
2 松は緑に 砂白き
  雄松(おまつ)が里の 乙女子は
  赤い椿の 森陰に
  はかない恋に 泣くとかや
3 波のまにまに 漂えば
  赤い泊火(とまりび) 懐かしみ
  行方定めぬ 波枕
  今日は今津か 長浜か
4 瑠璃(るり)の花園 珊瑚(さんご)の宮
  古い伝えの 竹生島(ちくぶじま)
  仏の御手(みて)に 抱(いだ)かれて
  眠れ乙女子 やすらけく
5 矢の根は深く 埋(うず)もれて
  夏草しげき 堀のあと
  古城にひとり 佇(たたず)めば
  比良(ひら)も伊吹も 夢のごと
6 西国十番 長命寺
  汚(けが)れの現世(うつしよ) 遠く去りて
  黄金(こがね)の波に いざ漕(こ)がん
  語れ我が友 熱き心

花はどこへ行った


下掲の記事は朝日新聞の「Reライフ.net」からパクリました。お許しください。


加藤登紀子さん、父から授かった言葉「人生はおもろないと」

 朝日新聞朝刊Reライフ面で「ひらり一言」を連載中の歌手加藤登紀子さんが、アクティブ世代のための文化祭「朝日新聞ReライフFESTIVAL」でトリを飾りました。「花はどこへ行った」と銘打ったコンサートで、存在感ある歌声と軽妙なトークで聴衆を魅了しました。
過去1年間、連載で取りあげた言葉のなかで、印象に残った言葉を紹介した。そのうちの一つ、「人生はおもろないといかん!」は、大学生の時、アマチュアのシャンソンコンクールへの出場を勝手に申し込んだ父から授かった言葉だという。
「人生はおもろないとあかんねん。おまえは、なんや知らんけど難しい学校へ行って、おもろないやん。おもろい人生を送るようには想像でけへん」
 当時、将来について悩んでいた加藤さんは、この言葉に背中を押され、出場したコンクールで優勝。翌1966年には「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞に輝く。
 「私の生涯を変えた言葉。いまでも『おもろいかどうか』が私の指針になっている」
 半世紀前の「1968年」に話題を転じ、ベトナム戦争やロバート・ケネディ暗殺など社会の出来事とともに、東大紛争のときジーパンで出席した卒業式や、後に夫となる恋人との初めてのキスの思い出などで会場を沸かせた。ギターの弾き語りでは、代表曲「ひとり寝の子守唄」や、1968年に初めて知って一晩中聴いていたという「悲しき天使」を披露した。
 最後に「花はどこへ行った」の作者で米国のフォーク歌手ピート・シーガーへの思いを語った。「『私たちはみんな根無し草だ』といい、『古くから土の上ではいつくばって歌ってきたような歌が必要だ』と世界中を巡って探した。彼の生き方と私の思いは一致した」と、「加藤登紀子バージョン」を歌い上げた。アンコールの「百万本のバラ」では観客が総立ちで手拍子を送った。


 定年や子育て後の世代を応援する文化祭「朝日新聞ReライフFESTIVAL」(朝日新聞社主催、協賛各社)が2018年3月2日、東京・日本橋のロイヤルパークホテルで開かれました。今年で3回目となるイベントの模様を採録したものです。

 なお、上記文中の「花はどこへ行った」は、私はどちらかというと加藤登紀子でもなくまたピート・シガーでもなく、トリオのピーター・ポール&マリーの歌が好きだ。
♫ Where Have All The Flowers Gone ♫

ペドロ&カプリシャスのヴォーカリストたち

 ♬ 別れの朝 ♬

ペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカル、前野 曜子の歌声が懐かしい。彼女が亡くなってから、もう30年、経過した。でも、彼女の歌声は永遠だ


♬ 五番街のマリー ♬

ペドロ&カプリシャスの2代目ヴォーカル、高橋真梨子の歌声も素晴らしい。なお、彼女の本名は広瀬まり子。僕とは関係ありません。


小平智、やりました!。米ツアー初優勝です。優勝賞金、120万6000ドル(約1億3300万円)。凄いなぁたった1試合で日本での1年分稼いでしまった。あやかりたいねぇ。

エイチャン

♫ 時間よとまれ ♫

 以前、70過ぎのオバンとゴルフをしていたら、たまたま矢沢栄吉の話が持ち上がって、そのオバンが、急に興奮して、ゴルフそっちのけで、「エイチャン大好き!」と言いながら、各ホールごとにクラブやパターを置き忘れ、大変な思いをしたことがあった。彼女も生命のめまいの中で時間は止まったままだった。今でも「追っかけ」をやっているのかなぁ。矢沢栄吉は今年で69歳になったが、オバン達の絶対的人気に支えられ、現役バリバリで活躍している。
 ところで、戸田のマグロ船団とのゴルフは19日(木)伊豆国際CCにて9時13分スタートで決まった。僕も74歳、「エイチャン」にあやかって頑張るぞ!

無事伊豆へ帰還した

 今朝の東京は、AM9時を過ぎた頃にはすっかり雨が上がって、風も止み穏やかになった。首都圏内の交通機関も普段と変わらずに動いていた。
 AM9時半、最寄駅の経堂から小田原行の急行に乗った。車内は日曜日にもかかわらず空いていて終着の小田原駅まで座ったままだった。小田原で東海道線に乗り換え、熱海では特急「踊り子号」に乗り換えた。修善寺駅にはPM1時前に着いた。駅そばを食べてから、タクシーで無事、拙亭に到着した。此方もすでに雨は止んでいて時折、雲間から日が差していた。
 早速、庭と畑の見回りをした。特に異常はなかったが、ジャガイモの芽がぼちぼち出始めていた。大根と白カブは殆ど芽が出揃っていた。人参はよく見ると細かな芽らしきものが見えた。庭では園芸種のつつじが真っ盛り。拙亭入口の沢沿いでは山ぐみの花が咲き終わり、その隣の、山つつじが咲き始め、そしてそれらに覆いかぶさるように山藤が蔓を伸ばして房状の花芽が幾重にも垂れ下がっていた。
 部屋へ戻って、ゴルフ仲間からの留守電に折り返し電話した。先ず、5月のやまびこ会は5月25日に決定。今週の木、金のどちらかで伊豆国際CCにて戸田の漁師等とのゴルフ。どちらもOKした。


 東建ホームメイト杯最終日、石川遼は1打及ばず2位に終わった。でもよくやったと思う。次回は、頑張って雪辱を果してほしい。なお、コメントが謙虚ですね。アメリカでは謙虚は自信がないと見なされる。相手を称えるのは大事だが、「自分はこれが精一杯だ」というのは消極すぎる。もう少し、はったりをかまさなくちゃ。尤も、トランプのようにはったりだけというのも考え物で、兼ね合いが難しい。実は僕の目標であるドライバー飛距離250Yも殆ど、はったりです。アメリカでははったりが常識なのだ。「勝つと思え、思えば勝ちよ」である???