1 Bloombergから
2 ln Deep から
3 仁義なき戦い
昔のアメリカが懐かしいです?
拙亭の周辺は依然といて昔のまま。古き良き日本の原風景がまだ、随所に残っている。
伊豆修善寺の山里から発信しています。
このサイトは、従前の「翠泉庵の田舎暮らし」を引き継いだ内容とし、日々の暮らしを日記風に綴ったものです。なお、現サイト「翠泉庵の田舎暮らし」は本年8月31日でクローズします。
このサイトは、従前の「翠泉庵の楽園」に相当する内容とし、主に翠泉庵お気に入りの音楽を紹介します。なお、「翠泉庵の楽園」は当サイトに引き継ぎ、主に、翠泉庵が注目するコラムやゴルフ番組などを紹介する。
ここへは従前の「翠泉庵の田舎暮らし」の投稿データーをインポートして表示する予定です。既にに全てのデーターはバックアップ済み。
「全米がハナで笑った」サイト。僕はこういう話が好きなんです。以前、「無」とは何なんだろう考えたことがあった。結論は僕がこの世に存在しない状態が「無」で、ある日突然、神の意志で無の状態から、この世に存在することになった。でも、いずれ「無」の状態に戻る。さらに、この世(宇宙)も「無」の状態から、ある日突然、神(創造主)の意志によって生まれたんだろうと考えた。したがって、「無」の世界においても、「有」の世界にも、存在し続けるのは、※神の意志(精神)に外ならないと結論付けた? 最近、偶然にも、このサイトを訪れ、その時のバカバカしい思考が、またよみがえって来た。
伊豆の山間に広がる緑豊かな里山の風景に魅せられて、其処に棲家を構え、平成21年5月から妻と二人で田舎暮らしを始めました。最初は慣れない所為か少し戸惑いもありましたが、地域の人達に温かく迎え入れて頂き、田舎暮らしは何とか軌道に乗りました。今では鹿や猪ともすっかりお友達になり、庭が荒らされる度に頭に来たりしています。
白洲正子の著書「かくれ里」に「秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所に、今でも『かくれ里』の名にふさわしいような、ひっそりとした真空地帯があり、そういう所を歩くのが、私は好きな のである」という一文がありました。私は正子とは別な思惑からその考えに、いたく同感し、そのような「かくれ里」の名にふさわしい所で暮らしたいと思うようになりました。
確かに、「秘境と呼ぶほど人里離れた山奥」は自然が豊かで非常に魅力的に思いますが、長年都会生活を送った者にとって、生活の不便性はきっと耐えられないだろうと思います。だから、ほんのちょっと街道筋からそれた、今でも「かくれ里」の名にふさわしいような、ひっそりした里山が理想でした。
此処は、修善寺温泉街から左程遠くない位置にありますが、日本の原風景ともいうべき典型的な里山の風景が残っていて、まさに「かくれ里」の名にふさわしいところです。敷地内に流れる小さな沢には沢ガニが棲むほか夏には蛍が舞うなど豊かな自然環境に恵まれ空気や水が美味しいだけでなく、四季折々に見せる自然の風景に芯から癒されます。
折角なので、このブログでは、自然やそこで暮らす人々との触れ合いを通じて感じたことやエピソードなどを紹介していきます。
春
夏