一昨年の8月、不動産屋に案内され、初めてこの地を訪れた時、庭を流れる小さな沢と、その沢沿いに、一際高く聳える「桂」という樹木の姿に惹かれ、我を忘れて見入った。そして、不思議なことにある種の懐かしさが込み上げて来た。過去にその様な光景に遭遇したことは無いし、その樹木の種類さえ知らなかったが、きっと誰もが抱いている心の故郷のようなものに触れたのかも知れない。決断は早かった。この地で暮らそうとその場で決めたのである。お蔭さまで、鬱蒼と茂る檜林を背景に高く聳え立つ雄姿を眺めていると、いつも心が癒される。何の変てつもない、たった一本の樹木だが、花々で綺麗に着飾った庭園よりも、自分にとってはこちらの方がより一層魅力的に見える。そう、「侘びの美意識」なのです。一方、妻の方はどちらかというと、沢に繁茂するクレソンや実をたわわに付けた栗や柿の樹に魅力を感じていたようである。それぞれ思惑は違っていたがこの地に棲もうという思いは一緒だった。
実際に棲み始めたのは、昨年の5月だから、早いものでもう1年が過ぎようとしている。棲み心地は上々である。幸いだったのは、地域の人達に温かく迎い入れて頂いたことである。普段の付き合いも左程干渉的ではないし、それかといって、都会ほど疎遠でもなく、その中間ぐらいである。よい場所を選んだと思っている。
